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大阪高等裁判所 平成5年(ネ)1679号 判決

控訴人

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

分銅一臣

被控訴人

乙川春夫

乙川夏夫

乙川秋子

右三名訴訟代理人弁護士

辻晶子

主文

一  原判決中、被控訴人乙川春夫に関する部分を次のとおり変更する。

1  被控訴人乙川春夫は、控訴人に対し、金六四九万〇一四五円及びこれに対する昭和六二年三月四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人の被控訴人乙川春夫に対するその余の請求を棄却する。

二  控訴人の被控訴人乙川夏夫、同乙川秋子に対する本件各控訴をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、控訴人と被控訴人乙川春夫との間では第一、二審を通じてこれを三分し、その一を控訴人の、その余を同被控訴人の各負担とし、控訴人と被控訴人乙川夏夫、同乙川秋子との間では、控訴費用は控訴人の負担とする。

四  この判決は、控訴人勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らは、控訴人に対し、各自、金一二三三万七四一二円及びこれに対する昭和六一年二月二四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二被控訴人ら

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二事案の概要

本件事案の概要は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実及び理由第二 事案の概要(原判決二枚目表二行目から同七枚目表三行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決三枚目表九行目の「被告は」を「被告春夫は」と改める。

2  原判決四枚目表三行目に続けて「その結果、被控訴人夏夫、同秋子は、昭和六一年三月末日頃、控訴人に対して一〇万円を支払ったのである。」を加える。

3  原判決五枚目裏六行目の「確定することにしていたが」を「確定することにし、控訴人の後遺症が確定した後、分割払いで解決したいとの回答を得ていたが」と改める。

4  原判決別紙「原告主張の損害」表五行目の「一二万八〇〇〇円」を「一二万八二二〇円」と改める。

第三証拠〈省略〉

第四当裁判所の判断

一被控訴人春夫に対する請求について

1  被控訴人春夫が本件事故当時被控訴人車両を自己の運行の用に供していたことは当事者間に争いがないから、被控訴人春夫は、控訴人に対し、自賠法三条に基づき、控訴人が本件事故によって被った損害を賠償すべき責任がある。

2  控訴人の損害額について検討する。

① 入院雑費(請求額七万三二〇〇円)

認容額六万八二〇〇円

昭和六一年当時における入院雑費は、一日当たり一一〇〇円と認めるのを相当とするから、控訴人の前記入院期間中(六二日間)の入院雑費は六万八二〇〇円となる。

② 休業損害(請求額三一五万四二一二円)

認容額一五九万四二〇二円

証拠(〈証書番号略〉、控訴人本人)によれば、控訴人(昭和四四年九月二三日生)は、昭和六一年一月より豊産業株式会社に機械工として勤務し、一か月一二万八二二〇円の給与を得ていたが、本件事故のため、同年二月二五日から本件後遺障害の症状固定の日である昭和六二年三月四日まで欠勤を余儀なくされ、その結果、右の期間中(三七三日)の給与を全く支給されなかったことが認められるので、控訴人の右休業期間中における損害は、次のとおり一五九万四二〇二円(円未満切捨、以下同じ)となる。

(算式)一二万八二二〇×(三七三÷三〇)=一五九万四二〇二

③ 逸失利益(請求額六四二万円)

認容額五八三万〇一四五円

証拠(〈証書番号略〉、控訴人本人)によれば、控訴人は、昭和六二年三月四日の症状固定後も昭和六三年三月四日まで豊産業株式会社を欠勤して神戸市立中央市民病院に通院を続け、同日、同社を退職し、その後、橋和工業に溶接工として勤めているが、後遺障害のため、高い場所や狭い場所での作業ができず、長時間立って仕事をすることもできないし、残業もできなくなったので、他の従業員と同等の収入を得ることが困難となったことが認められる。

右事実に、控訴人の後記5の後遺障害の内容、程度を合わせ考えると、控訴人は、症状固定の日から一〇年間については、その労働能力の三五%を喪失したものと、また、その後の二〇年間については労働能力の一〇%を喪失したものというべきである。

そして、控訴人の後遺障害による逸失利益算定の基礎となる控訴人の労働能力の評価額は本件事故前の収入一か月一二万八二二〇円とするのが相当であると認められるから、右逸失利益の損害を新ホフマン係数による中間利息の控除をして算定すると、次のとおり合計五八三万〇一四五円となる。

(算式)12万8220×12×0.35×7.9449=427万851912万8220×12×0.1×(18.0293―7.9449)=155万1626427万8519+155万1626=583万0145

④ 慰謝料(請求額は、傷害による分の一七〇万円と後遺障害による分の四四〇万円の合計六一〇万円) 認容額は、傷害による分の一二〇万円と後遺障害による分の四四〇万円の合計五六〇万円

前記認定の傷害の部位、程度、治療の経過等に照らすと、控訴人が本件傷害によって被った精神的損害に対する慰謝料は、一二〇万円とするのが相当である。

また、後記5認定の後遺障害の内容と程度、その他本件に現われた諸般の事情を勘案すれば、本件事故によって控訴人が受けた後遺障害に基づく精神的苦痛を慰謝するには、四四〇万円をもって相当とする。

3  過失相殺について判断する。

証拠(〈証書番号略〉、控訴人本人、被控訴人春夫本人)によれば、被控訴人春夫は、本件事故当時、無免許で被控訴人車両を運転し、パトカーに追跡され、一時は時速一〇〇キロメートル以上もの猛スピードで逃走していたこと、被控訴人春夫は、時速六〇ないし七〇キロメートルの速度で本件交差点に差しかかったので、赤信号を無視し、これを突破して右交差点を通過しようとしたこと、一方、控訴人は、赤信号に従い、本件交差点の停止線の手前で停車していたところ、折から自車後方より「バリッ、バリー」という爆音を響かせて被控訴人車両がライトを前向きにして暴走してきたこと、そのうえ、その後方からは、サイレンを鳴らし、赤色灯を点滅させながらパトカーも急接近してくるのを認めた控訴人は、追突の怖れと身の危険を直感し、切羽詰まり、これを避けるべく咄嗟に自車の右前方に向けて発進させたところ、その直後に、被控訴人車両が控訴人車両に衝突したこと、以上の事実を認めることができる。

控訴人車両は左折のウィンカーを出していたとの被控訴人春夫の供述部分は前掲各証拠に照らして採用することができない。

右の事実関係の下では、控訴人には、被控訴人ら主張の注意義務違反はもとより、損害額算定について過失相殺をするほどの不注意があったと認めることはできないというべきである。

よって、本件においては、過失相殺をしない。

4  損害の填補について検討する。

控訴人が被控訴人らから支払いを受けた七万円については、前記2①②の損害と2④の損害のうちの傷害による慰謝料分(一二〇万円)の一部の填補として、これらの損害から控除すべきである。

そして、控訴人が自賠責保険から支払いを受けた四三四万円については、これが後遺障害についての保険金額であることからすると、後遺障害による損害すなわち前記2③の損害と2④の損害のうち後遺障害による慰謝料分(四四〇万円)の一部の補填として支払われたものと認めるのが相当である。

そうすると、控訴人の本件傷害に基づく損害の残額は二七九万二四〇二円となり、本件後遺障害に基づく損害の残額は五八九万〇一四五円となる。

5  消滅時効の抗弁について判断するに、傷害による損害と後遺障害による損害に分けて考察する。

(一) 前記認定の事実関係によると、控訴人又はその法定代理人の両親は、遅くとも被控訴人らが消滅時効の起算点として主張する昭和六一年三月末頃には、本件不法行為の加害者が被控訴人春夫であることを知り、かつ、控訴人の被った損害のうち、本件傷害に基づく損害については、その発生をも知ったものと認めることができる。

そして、控訴人の本訴の提起がそれから三年余を経過した平成元年六月二七日であることは記録上明らかであり、また、被控訴人らが本訴において消滅時効を援用したことは当裁判所に顕著な事実であるから、控訴人の被った損害のうちの本件傷害に基づく損害(残額二七九万二四〇二円)の賠償請求権は、後記6の時効中断事由が認められないときは、消滅することになる。

(二)  被害者が不法行為に基づく損害の発生を知った以上、その損害と牽連一体をなす損害であって当時においてその発生を予見することが可能であったものについては、すべて被害者においてその認識があったものとして、民法七二四条所定の時効は前記損害の発生を知った時からその進行を始めるものと解すべきであり(最高裁昭和四二年七月一八日判決・民集二一巻六号一五五九頁)、この理は、一般論として、後遺障害に基づく損害の消滅時効についても妥当する。

しかしながら、一口に後遺障害といっても、その現われ方については、Ⅰ 受傷時から相当期間を経過した後に、右受傷に起因する後遺障害がある時点になって初めて現われた場合(すなわち、受傷当時においては当該後遺障害の発生を通常予想しえなかった場合)、Ⅱ 当該不法行為によって受傷し、その部位と程度に照らすと、具体的な後遺障害の等級は別として、後遺障害の発生を一応一般的、抽象的に予見することができるものの、引き続き治療を継続中であって、症状が固定していない場合(結局、その後治癒せずに後遺障害が残存し、症状が固定した場合)など、差異があるといわなければならない。

そして、Ⅰの場合には、損害を知ったといえるかどうかは、その後遺障害に基づく損害の発生を予見し、その賠償を請求することが社会通念上可能であったか否かという観点から決するべきであって、後遺障害が顕在化した時が民法七二四条にいう損害を知った時に当たると解されている(最高裁昭和四九年九月二六日判決・交通民集七巻五号一二三三頁)

ところが、本件のようなⅡの場合には、後遺障害による症状が完全に固定する必要はないものの、どうしても治癒できない症状の残存とその内容・程度が概略明らかとなり、一般通常人において、残存する症状を後遺障害として認識・把握し得べき程度に至った時、又は社会通念上、後遺障害による損害及び損害額を算定し得る程度に病状が固定した時が民法七二四条にいう損害を知った時に当たると解すべきである。けだし、同条は、不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効の起算点に関する特則を定め、右請求権を行使することが(法律上不可能でなくても)事実上不可能なうちは、消滅時効の進行が開始しないものとして被害者を保護したものであるから、不法行為による受傷の症状が流動的であって、いまだ固定しておらず、後遺障害の残らないよう完全な治癒を目指して懸命に治療を継続している段階において、何らかの後遺障害の発生を一般的、抽象的に予見することができるというだけで常に消滅時効の進行が開始すると解することは、重症であればあるほど治療に専心し、損害賠償請求権の行使(お金のこと)は二の次にしがちになるという被害者一般の意識に合致しないばかりか、具体的な後遺障害発生の有無、その内容程度の不明な段階において損害賠償請求権の行使が必要となり、被害者にとって損害額の算定等につき事実上不可能を強いることになる場合もあるといわなければならず、ひいては、民法七二四条を設けた趣旨を没却する結果を招来するに至るからである。

このような見地に立って、本件をみるに、証拠(〈証書番号略〉、控訴人本人)及び弁論の全趣旨によると、本件事故によって右下腿骨開放骨折、右脛骨神経損傷及び右脛骨骨髄炎の重傷を負った控訴人は、右事故当日の昭和六一年二月二四日から神戸市立中央市民病院において入院し、骨折箇所の整復固定術等の治療を受け、同年四月九日に一旦退院したが、同月二八日に再入院して同年五月一日に骨移植と皮膚移植術を受け、同月一四日に退院し、その後しばらくの間は二週間に一回程度の割合で通院していたところ、歩行困難と右足関節の運動制限、尖足拘縮、右足底の知覚異常を訴え(その時期は証拠上明らかでないが、昭和六一年六月二七日より以前であるとの証拠はない。)、昭和六二年三月四日には、同病院の担当医師によって、右足関節の機能障害(背屈及び底屈の可動範囲の制限)、右足内側―足底の知覚異常、前記手術創に伴う瘢痕等を残して症状が固定した旨の診断を受けたこと、その際、控訴人は、同医師より、骨髄炎については再発の可能性は高く、また、骨癒合不充分で将来再手術の可能性があるとも診断されていること、控訴人は、自賠責保険において、右後遺障害につき、一旦一〇級の認定を受けたが、異議申立ての結果、昭和六三年六月二七日、更に後遺障害として神経症状も認められるとして、併合九級に相当する旨の認定を受けたこと、以上の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

右の事実によれば、被控訴人らが消滅時効の起算点と主張する昭和六一年三月末頃の時点はもとより、本訴提起の三年前である同年六月二七日以前において、控訴人に将来何らかの後遺障害が残るかもしれないことは一般的、抽象的には予想されないではなかったが、控訴人は、当時、依然として完全な治癒を目指して懸命に治療を受けていたものであり、しかも、骨移植術を受ける前であるか又はその結果が判然としていたとの証拠のない段階であるから、どうしても治癒できない症状が残存するかどうかについても、その具体的な内容・程度についても、概略すら明らかになっていたものとは認め難く、したがって、一般通常人において、これを認識・把握し得べき程度に至ったものとはいえないし、また、社会通念上、後遺障害による損害及び損害金を算定し得る程度に症状が固定したものとも認めることはできないといわなければならない。

そうすると、控訴人の被った損害のうち、本件後遺障害に基づく損害(残額五八九万〇一四五円)に関する消滅時効の起算日は、控訴人が後遺障害と症状固定の診断を受けた昭和六二年三月四日とするのが相当であるから、右消滅時効は、いまだ完成していないというべきであって、被控訴人らの抗弁は理由がない。

6  本件傷害に基づく損害賠償請求権に関し、時効中断の再抗弁について判断する。

当裁判所も、控訴人主張の時効中断事由があると認めることはできないものと判断するが、その理由は、次のとおり付加、削除するほかは、原判決事実及び理由第三の四(原判決一二枚目表三行目から同一三枚目裏一〇行目まで)と同一であるから、これを引用する。そうすると、控訴人の本件損害賠償請求権のうち、傷害による分は時効により消滅したものといわなければならない。

原判決一二枚目表末行の「分銅証言については、」の次に「林証言によると、林弁護士は、刑事事件専門の弁護士であって、長年、民事事件を受任しないこととしている者で、同弁護士が担当した被控訴人春夫の刑事事件は、昭和六一年末までには終了していることが認められるから、果たして、それ以降においても、林弁護士が被控訴人春夫の本件民事事件に関与し続けていたか疑わしいのみならず、」を加え、同一三枚目裏七行目の「十分な主張立証がされておらず、」を削除し、同一〇行目の「被告らの」次に「本件傷害による損害に関する」を加える。

7  弁護士費用(請求額一〇〇万円) 認容額六〇万円

本件における事案の内容、請求額、認容額、その他一切の事情を斟酌すると、弁護士費用としては、六〇万円が本件事故と相当因果関係に立つ損害と認める。

以上によれば、控訴人は、被控訴人春夫に対し、本件事故による損害賠償金として、総計六四九万〇一四五円及びこれに対する本件後遺障害の症状固定の日である昭和六二年三月四日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを請求することができるが、その余の損害賠償を請求することはできない。

二被控訴人夏夫及び同秋子に対する請求について

当裁判所も、控訴人と被控訴人夏夫及び同秋子との間においては、控訴人主張の重畳的債務引受契約が成立したものとは認められないと認定・判断するが、その理由は、次のとおり付加するほかは、原判決事実及び理由第三の二(原判決七枚目表一〇行目から同八枚目裏九行目まで)と同一であるから、これを引用する。

1  原判決七枚目裏一行目から二行目にかけての「原告法定代理人親権者父甲野二郎(ただし尋問当時。以下同じ)の供述」を「証人甲野二郎の証言」と改め、同九行目の「要求された」の次に「が、とても支払えるものではなかったので、ただ黙って聞いて帰っただけである」を加える。

2  原判決八枚目裏一行目から二行目にかけての「また、」の次に「昭和六一年二、三月頃の時点では、控訴人の被った損害の総合計額(被控訴人春夫の損害賠償債務)がどれ位になるのか分かっておらず、そのような段階において、いかに同被控訴人の両親とはいえ、確定的かつ全面的に、右債務を引受け、月額一〇万円の支払いを約することを決したとは考えにくいこと、」を加える。

三以上によれば、控訴人の被控訴人春夫に対する請求は主文第一項1の限度で理由があるから右の限度で認容し、その余は理由がないから棄却し、控訴人の被控訴人夏夫及び同秋子に対する請求はいずれも理由がないから棄却すべきである。

よって、原判決中右と一部結論を異にし、控訴人の被控訴人春夫に対する請求をすべて棄却した部分は失当であるから、これを主文第一項のとおりに変更し、控訴人の被控訴人夏夫、同秋子に対する本件各控訴はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九五条、八九条、九二条本文を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山本矩夫 裁判官 笹村將文 裁判官 山下郁夫)

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